2005年03月26日

「表現」って、なんだろう?

IMG_1134a.JPG

3月24日の日記「自分の写真ってなんだろう?」にコメントをいただいたりして、改めて考えました。

「表現」って、なんだろう?

確かに、写真に限らず絵でも音楽でも、芸術は全て模倣から始まっていると言えるかもしれません。

ゴッホや印象派の画家達が、日本の浮世絵を模写しまくったこともそうでしょうし、ピカソがいなかったら岡本太郎は存在していないかもしれない。

ミュージシャンは、憧れのミュージシャンをコピーすることで演奏力を身に付けるし、写真も同様。

写真家で言えば・・・あのブレッソンでさえ、アンドレ・ケルテスの影響を如実に感じるし、アジェとブラッサイがいなければ、マイケル・ケンナは成り立たないでしょう。

自分も・・・多くの写真家から影響を受けることによって、それらが融合し、自分にとっての「いいとこどり」が自分の作風を作り上げていくのかもしれません。

そういう意味では・・・例えば音楽の場合「ルーツに遡れ」と言います。
自分の憧れのミュージシャンが、どういう人の影響を受けているか、さらにその人はどういう人の影響を受けているか・・・と手繰っていくと、そこから表現の源泉や本当のスピリットが見えてくる、というものです。

たまには、過去の偉大な写真家を紐解いてみることも必要なのかもしれませんね。
そして、いざ写真を撮るときは、自分の内からこみ上げてくる感性に逆らわずにシャッターを切る、ということでしょうか。

因みにアジェもケルテスもリーズナブルな写真集(Mastes of Photography Series)が出ています。

Eugene Atget

Andre Kertesz


今日の写真。
今日は大粒の湿った雪が降ってて、時折かなり吹雪きました。
レンズの表面は、あっという間に雪で覆われてしまうので、ブロアーで雪を飛ばした瞬間にシャッターを切る、という撮影でした。


posted by Coju at 22:58| Comment(4) | TrackBack(0) | art | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どもども。

>芸術は全て模倣から始まっていると言えるかもしれません。

深いですね。
人間も良く考えると親のコピー(生物学的に)ですが、生き方はそれぞれなんですよね。

単なる模倣から突き抜けて自分の表現に辿り着けた瞬間って気持ちいいんだろうな〜。
Posted by イイイイイ at 2005年03月27日 13:31
自分の表現に辿り着く「瞬間」なんて、たぶんないですよ(^^)

それは創造の中から生まれれくる確信だと思うからです。

ただこの確信があるのとないのとでは、確かに気持ち良さが全然違いますね(^^)
Posted by K-FUNK at 2005年03月27日 17:55
長く写真(だけじゃないけど)を撮る人が1度は考えるテーマですね。
誰もが何かに影響を受けて、今の自分があるのですよね。
そんな時私が思うのは・・
・「楽しんで撮ってるか」
・「自分の心に感じた事を素直に撮ってるか」
です。
最終的に被写体と向かい合った時の自分気持ち
が大切かなぁと感じてます。
技術的な事は撮っていれば出来るようになるし。
Posted by セーコ at 2005年03月27日 22:02
僕の場合、写真を撮るのは、作曲に近いイメージかな。
湧き上がるイマジネーションをどう形に変えるか、みたいな。
そういう作業が楽しくて仕方ないんですよね(^^)
Posted by K-FUNK at 2005年03月27日 23:52
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